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ロシア連邦のシベリア地方に位置する都市で、イルクーツク州の州都。人口は約60万人。シベリアにおける文化・工業の中心都市であり、ハバロフスクと並ぶ大都市である。
首都モスクワからはシベリア鉄道で繋がっており、ロシア極東地域とウラル・中央アジアを繋ぐシベリア東部の工商および交通の要衝である。ロシア正教会の大主教座が置かれ、劇場・オペラ座などの文化施設も充実する。これらの公共建築にはシベリアに抑留された日本人によって建てられたものも多い。しかし、今の在留邦人は僅少。
町はバイカル湖西岸内陸にあたり、バイカル湖から流れ出るアンガラ川(エニセイ川の支流)の右岸に位置する。
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歴史:
1652年にコサックの一隊が毛皮をとるためにアンガラ川の河畔に設けた宿営地を起原とし、1686年に市としての勅許を得た。
古くから毛皮の集積地、中国の清やタシケントとの国境交易の基地として使われてきた。またロシア中央から囚人や政治犯の送られる流刑地でもあり、1825年には十二月党員(デカブリスト)の乱を起こした貴族たちがイルクーツクに流された。
シベリアへのロシア正教宣教の拠点でもあり、イルクーツクのインノケンティは、東方正教会では「イルクーツクの奇跡者聖インノケンティ」として聖人とされる。
1898年にはシベリア鉄道がイルクーツクまで開通し、1904年にウラジオストクまで開通した。
日本との関係も深く、江戸時代末期の漂流民・大黒屋光太夫らが、サンクト=ペテルブルクへ帰国の許しを得るために向かう途中、イルクーツクに滞在している。一行のうち新蔵と正蔵は、ロシア正教に帰依し、この地に留まっている。第二次世界大戦後には日本軍捕虜の抑留地ともなり、抑留者の労働で建設された建物も残っている。
金沢市と姉妹都市協定を結んでいる。 |
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参考資料:
・イルクーツク - Wikipedia |
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| ※上記媒体を参考にして、この項目を記述しています。 |
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