ボロディノの戦い ナポレオンのロシア遠征中唯一の大戦。1812年9月7日、モスクワ西方ボロディノ近郊のモスクワ河畔で行われた。ロシア軍の総司令官はクトゥーゾフ元帥。両軍ともに甚大な損害を出したものの、決定的な勝利は得られず、ロシア軍の戦略的撤退によって戦いは幕を閉じた。 ミハイル=イラリオーノヴィチ=クトゥーゾフ(Михаил Илларионович Голенищев-Кутузов) 1745年~1813年。エカチェリーナ2世、パーヴェル1世、アレクサンドル1世の3代に仕えた宿将で、モンゴル系の貴族。トルストイ「戦争と平和」を読んだ人には馴染み深い名前だ。クリミア戦争で片眼を失った隻眼の将軍である。会議中に平気で居眠りをし、女癖も悪かったが、国民の人気は高かった。ボロディノ戦闘後、モスクワを放棄し、フランス軍の自滅を待つ作戦をとる。冬の到来で根負けしたナポレオンが退却を始めると、執拗な追撃戦を敢行し、フランス軍の撃退に成功。この功績により、「スモレンスク公」の称号を授けられた。