ユーラシア大陸横断の旅
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ソ連の切手コレクション

外貨獲得のために乱造したらしく、ソ連の記念切手というのはやたら種類が多いのが特徴です。 なかでも国家の威信を示した宇宙開発ものの切手は、プロパガンタの意味もあって、打ち上げの度に発行されています。ロケットや宇宙船のイラストは、かなり忠実に描かれていますので、ソ連の情報がなかなか入ってこなかった時代には、資料的価値も高かったのではないでしょうか。しかし「乱造」とはいいつつも“粗製”とはいえず、意外にもソ連時代の切手はデザインも良く、印刷技術もなかなかですので、眺めてて楽しいです。

 
 
 
女性宇宙飛行士初飛行20周年(1983)
初の女性宇宙飛行士として、1963年にボストーク6号に搭乗したテレシコワさんです。20周年記念として1983年に発行された切手。
 
ガガーリン生誕50周年(1984)
1961年に人類初の宇宙飛行を成し遂げた、ソ連の宇宙飛行士・ガガーリン。1934年に生まれた彼を記念して、生誕50周年にあたる1984年に発行された切手です。
 
ガガーリン(1991)
全部ガガーリンです。人類初の宇宙飛行30周年を記念して発行された切手と思われますが、これを見る限りでは、どこにもその表記はありません。それよりもソビエト連邦崩壊の年に発行された切手ということが興味深いです。
 
国際宇宙飛行 インターコスモス計画(1979)
ソ連はインターコスモス計画により、友好国の宇宙飛行士を宇宙ステーションに派遣していました。
サリュート6号以降、帰還用の宇宙船を確保した上で、新しいメンバーとの交代や物資の補給が可能となり、ステーションを無人にすることなく、常時活動を維持することが可能となった。
インターコスモス計画では、9回にわたってロシア国外の飛行士がステーションに滞在している。これはブルガリアとの協調を記念したもの。
 
インターコスモス計画(1979)
切手右肩に記された4月12日とは、1961年ボストーク1号に乗ったガガーリンが、人類初の有人地球周回飛行に成功した記念すべき日。
 
インターコスモス計画(1980)
これはハンガリーとの協調を記念したもの。
 
インターコスモス計画(1980)
上に同じ。
 
ソユーズとアポロの実験的なドッキング(1975)
ソユーズ19号が、アメリカ合衆国のアポロ18号とのドッキングテストに成功したことを記念した切手。ドッキングする様子(上)。ドッキングした後(下)。
 
ソユーズとアポロの実験的なドッキング(1975)
これも上と同じシートの切手と思われます。ソユーズ打ち上げの様子。
 
ソユーズとアポロの実験的なドッキング(1975)
これも同じ。
 
4月12日は宇宙飛行士の日(1982)
4月12日は、1961年ボストーク1号に乗ったガガーリンが、人類初の有人地球周回飛行に成功した記念すべき日。1982年度版。
 
4月12日は宇宙飛行士の日(1988)
4月12日は、1961年ボストーク1号に乗ったガガーリンが、人類初の有人地球周回飛行に成功した記念すべき日。1988年度版。
 
4月12日は宇宙飛行士の日(1990)
これが最後か1990年度版。いやにちっこくなったなぁ…。船外活動中の宇宙飛行士の遙か後方に見えるのはミールです。しかしこんなに離れてしまっては危険。もはやミールに戻ることは不可能かと思われます。
 

宇宙滞在140日(1978)
1978年6月15日から11月2日までの140日間、サリュート6で、カヴァレモク飛行士とイバムチェンコフ飛行士が連続宇宙滞在記録(当時)をつくった。行きはソユーズ29、帰りはソユーズ31。

 

宇宙飛行士訓練センター25周年(1985)
1960年から始まった宇宙飛行士訓練の25周年を記念した切手。中央の肖像はガガーリン。上部には「4月12日は宇宙飛行士の日」と書いてある。

 
「ヴェネーラ・ハレー」国際計画(1984)
金星とハレー彗星の探査機「ヴェガ」の打ち上げ計画。いわゆる「ベガ計画」。オーストリア・ブルガリア・ハンガリー・東ドイツ・ポーランド・西ドイツ・チェコ=スロバキアが参加し、ヴェガ1、ヴェガ2の2機がこの年に打ち上げられた。
 
「ヴェネーラ・ハレー」国際計画(1985)
ベガ計画を記念した切手。ヴィーナスミッションにおいて、ヴェガ1が1985年6月11日に、ヴェガ2が15日に金星に到着し、それぞれ着陸船による探査と気球探査を試みた。
 
「ヴェネーラ・ハレー」国際計画(1986)
ベガ計画を記念した切手。この年3月にヴェガ1・ヴェガ2ともハレー彗星に最接近。6日に会合したヴェガ1が10000km。9日に会合したヴェガ2が8000kmまで接近した。
 
ソユーズ17・サリュート4(1975)
サリュート4号は天体観測などのためにつくられた科学観測用ステーション。ソユーズ17で、アレクセイ=グバレフ飛行士とゲオルギー=グレチコ飛行士が移乗した。
 
ソユーズ18・サリュート4(1975)
5月24日~7月26日。ピタリー=セバスチャノフ飛行士とピョートル=クリムク飛行士が、約63日間の宇宙生活を行った。
 
ソユーズ21とサリュート5(1976)
ソユーズ21のボリス=ヴォリノフ飛行士とヴィタリー=ゾーロボフ飛行士。軍用宇宙ステーション・サリュート5に派遣されたが、予定を大幅に繰り上げて帰還した。
 
ソユーズ22(1976)
ソユーズ22号。ヴァレリー=ブィコフスキーとウラジミール=アクショーノフが搭乗。「虹実験」と称して、9月15日~23日の約1週間、地球を周回飛行して、地表の写真を撮ることに成功している。この成果は資源開発に役立った。
 
ソユーズ23(1977)
ソユーズ23号。ワレーリ=ロズデストベンスキーとヤチェスラフ=ズードフが搭乗。機器の異常でドッキングアプローチに失敗。2人は地球帰還時に厳冬の中央アジア・テンギツ湖に着水し、気温マイナス22℃のなか、凍死が危ぶまれたが、無事救助された。切手の発行は1977年となっているが、ソユーズ23の打ち上げは1976年。滞在は12月14日~16日。
 
ソユーズ24によるサリュート5 第二次派遣(1977)
ソユーズ24のヴィクトル=ゴルバチコ飛行士とユーリ=グラズコフ飛行士。軍事目的に開発された宇宙ステーション・サリュート5に派遣された。今回はソユーズ21に続き二度目の派遣。
 
ソユーズ32(1979)
飛行士はウラジミール=リャホフとワレリー=リューミン。サリュート6に移乗して、ソユーズ29号の飛行士が作った139日の宇宙滞在記録を更新するのが任務だった。
ところが帰りの機体になるはずだったソユーズ33が、エンジントラブルのため急遽帰還。2人は宇宙に取り残されることになったが、無人で打ち上げられたソユーズ34で、宇宙滞在175日の新記録を達成し、無事帰還した。
 

ソユーズT-2(1980)
ソユーズの改良型TシリーズのT-2型の打ち上げを記念した切手。T-1は確か無人でしたので、T型の有人打ち上げはこれが初。飛行士は、マリューシェフとアクセノフの2人。

 

ソユーズT-7(1983)
1971年のソユーズ11の事故以来、T-3号から3人乗りが復活している。
ソユーズT-7は、サリュート7とドッキングして移乗。飛行士は、レオニード=イヴァノビッチ=ポポフとスベトラーナ=サビツカヤとアレクサンドル=セレブロフの3人。T-5で帰還した。サビツカヤは、テレシコワ以来史上2人目となった女性宇宙飛行士。

 
「サリュート」軌道ステーション有人初飛行10周年(1981)
1971年に打ち上げられたサリュート1の10周年を記念した切手。
 
 
 
ヴァレンチナ=ヴラディミロヴナ=テレシコワ(Валенти́на Влади́мировна Терешко́ва
1937年~。ソ連の女性宇宙飛行士。1963年6月16日、ボストーク6号に搭乗し、初の女性宇宙飛行士となった人物。

ユーリイ=アレクセーエヴィチ=ガガーリン(Юрий Алексеевич Гагарин
1934年~1968年。1961年に人類として初めて宇宙飛行を成し遂げた、ソビエト連邦のパイロット・宇宙飛行士。ミグ15UTIでキルザッフ付近を飛行中、墜落死した。
 
 
参考資料:
Russian Space Web.com
  旧ソ連・ロシアのロケット開発~宇宙開発の詳細。非常に詳しいです。
 
※上記媒体を参考にして、この項目を記述しています。
 
 
 
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